歩行は認知症を予防⁉
認知症は、いろいろな原因によって脳の細胞が障害されて、記憶や判断力など、認知機能が障害された状態が続き、日常生活や社会活動で支障をきたす状態のことをいいます。近年、高齢者の増加に伴い認知症患者数も増加傾向にあります。
引用:認知症および軽度認知障害(MCI)の高齢者数と有病率の将来推計(厚生労働省)
認知症に対する歩行の効果は、脳の健康を維持し、認知機能の低下を遅らせるために非常に重要とされています。歩行などの適度な身体活動は、認知症の予防や進行の抑制に寄与する可能性があるため、多くの研究でその効果が確認されています。
今回は認知症に対する歩行の効果について説明します。
目次
認知症とは
認知症(Dementia)は、記憶、思考、判断、学習などの認知機能が徐々に低下し、日常生活や社会的活動に支障をきたす病的な状態を指します。単なる老化による物忘れとは異なり、認知症は進行性であり、症状が時間とともに悪化します。原因となる病気は多岐にわたり、認知症は特定の病気ではなく、複数の疾患が引き起こす症候群です。
認知機能は、記憶だけではなく、様々な機能を有しております。そのため、障害される部位や程度によって症状も様々になります。認知機能の障害としては、記憶障害(同じことを何度も言ったり、物がなくなったりする)、言語障害(人や物の名前が出てこない)、視覚認知障害(知っているはずの場所で迷う)、実行機能障害(物事を計画立ててできない)、社会的認知障害(他人に共感したり同情できない)などがあります。
日本において、2022年時点での高齢者の認知症とMCI(軽度認知障害)の有病率は約28%であり、高齢者の4人に1人が、認知機能が低下しているという深刻な状態です。
引用:国立長寿医療研究センター あたまとからだを元気にするMCIハンドブック
認知症予防に有効な歩行
認知症の予防には、食事や運動など生活習慣の管理が重要と言われております。その中でも、歩行は特別な器具や施設を必要とせず、誰でも日常生活の一部として取り入れることができるため、2000年頃から海外でもいろんな研究がおこなわれております。それらの研究結果を簡単にご紹介します。
1. 歩数
一般的には、1日あたり6,000~10,000歩が、認知機能を維持するために推奨される目安です。
下記の図はイギリスで行なわれた研究で78430名を7年間調査した結果となります。
研究結果では、1日の歩数が9800歩で認知症の発症リスクが最も低く(50%)なることが報告されております。
また、今回の結果では3800歩でも発症リスクが約25%低下することが報告されています。
引用:Association of Daily Step Count and Intensity With Incident Dementia in 78430 Adults Living in the UK,JAMA Neurol2022
2. 歩行速度
認知症予防に効果的な歩行速度は、中等度の強度に相当する速度が推奨されます。中等度の運動とは、少し息が切れるが会話ができる程度の負荷を伴う運動です。このような歩行は、脳への血流を増やし、認知機能の低下を抑制する効果が期待されています。
具体的な速度としては、時速3.7~6㎞以上(1分で約60~100m)と報告されています。
3.運動時間
時間の観点では、1日あたり30分から1時間程度の歩行が、認知機能の維持に有効であるとされています。これを1週間に換算すると、150分~300分(2.5~5時間)の運動が目安になります。
4. 運動頻度
認知症予防に効果的な歩行の頻度は、週3~5回程度が理想的です。この頻度で定期的に歩行を続けることが、長期的な脳の健康維持に寄与します。1回あたりの時間は必ずしも長くなくてもよく、複数回に分けて歩行時間を合計することで効果が期待されます。
研究結果ではBarnesらは、週3~5回の中程度の運動を行うことで、アルツハイマー病の発症リスクが30%低下すること報告しております。
引用元:Middleton LE, et al. (2010). "Physical activity over the life course and its association with cognitive performance and cognitive impairment in old age." Journal of the American Geriatrics Society.
認知症予防には、上記で紹介した条件だけではなく、筋力トレーニングと並行しておこなうことや、認知課題(しりとりや計算しながら歩くなど)を取り入れて運動するとより効果的と言われております。
歩行(運動)が認知症予防に有効な理由
では、実際に歩行によって認知症が予防できると言われている理由を簡単に紹介します。
1.脳の血流と神経細胞の活性化
歩行のような有酸素運動は、脳の血流を増加させ、脳に必要な酸素や栄養素を供給します。特に、脳の海馬(記憶を司る部位)や前頭葉(思考や計画、判断力を司る部位)など、認知機能に関わる領域の血流が促進されます。これにより、神経細胞が活性化され、認知機能の維持に役立つとされています。
2.脳内の神経伝達物質や成長因子(BDNF: 脳由来神経栄養因子)が増加
歩行などの運動は、脳の神経可塑性(ニューロプラスティシティ)を促進することが示されています。神経可塑性とは、脳が新しい情報を学んだり、ダメージを修復したりするための能力を指します。運動によって、脳内の神経伝達物質や成長因子(BDNF: 脳由来神経栄養因子)が増加し、神経細胞の成長やシナプスの強化が促されます。
3.ストレスや不安の軽減、気分の改善に伴う効果
歩行は、ストレスや不安の軽減、気分の改善にも寄与します。適度な運動は、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌を抑え、セロトニンやエンドルフィンなどの「幸福ホルモン」を増加させるため、精神的な健康が向上します。これにより、認知症に伴う不安や抑うつ症状が緩和され、生活の質が向上します。
4.心臓や血管の健康維持に伴う効果
歩行などの運動は心血管系の健康を保つため、脳への血流が保たれ、認知症のリスクを低減します。高血圧や動脈硬化などの心血管系疾患は認知症のリスク因子となるため、これらの疾患を予防することは、認知症予防においても非常に重要です。
6.社会的交流に伴う効果
歩行は、特にグループウォーキングや屋外活動の場合、社会的交流の機会を増やします。社会的なつながりは、認知機能に良い影響を与え、孤立感やうつを防ぐことができます。社会的な活動が少ない人ほど認知症のリスクが高まるため、ウォーキングを通じた社会的交流は、認知症の予防に重要です。
引用:国立長寿医療研究センター あたまとからだを元気にするMCIハンドブック
認知症予防の生活ノート
認知症は進行性の疾患というイメージがあるかもしれませんが、原疾患によっては治る認知症もあります。また、認知機能障害の進行を遅らせたり、予防するためには運動を含めた生活習慣の管理が重要になります。国立長寿医療研究センターのハンドブックに活用できそうな生活ノートがありましたので、参考程度にご紹介致します。
引用:国立長寿医療研究センター あたまとからだを元気にするMCIハンドブック
まとめ
認知症と歩行の関係について、歩行のポイントや歩行による認知症予防効果について投稿しました。
歩数や歩行頻度・時間に関しては、糖尿病と歩行の関係について投稿した内容と同じ傾向だったと思います。
1日8000歩で時速4㎞以上で週3回150分程度の歩行は、糖尿病と認知症を予防できるため、是非、生活の中での指標にしてみてください。